サドル
スーパーの駐輪場で、自転車のサドルの高さが明らかにあっていない人とすれ違った。つま先立ちでまたがり、ヒョコヒョコと地面を蹴って進んでいた。高さあげりゃいいのになと思いつつスーパーを後にするも、ふと小学生の頃の記憶が蘇る。
小学生の頃の移送手段はもっぱら自転車だった。私が幼いころ過ごした地域は、そのほとんどが平坦な土地であったため、どこへ行くにも自転車はかなり重宝した。
放課後、友達と遊ぶ約束をした集合地点へ自転車で向かう。その信号待ちの交差点で、
これサドル上げれるんじゃね?
と唐突に気づきは訪れる。目的地への移動はそっちのけで、サドル調節に取り掛かる。普段はめったに緩めないため、さびてなかなか動かない取っ手をなんとかこねくり回す。そして緩めたサドルを何度か調節しては試乗し、その時の身長に最も合うポジションを探る。
ついに、前より少しだけ高くなったべスポジサドルにまたがって乗る自転車。そこから見える景色は、今まで乗っていたのとは全く別の自転車に乗っているかのような新鮮な体験であった。また、以前よりもペダルの踏み込みに力が込めやすくなり、ぐいぐいスピードがでる。全く別世界の爽快感。
この新鮮さは2~3回も乗れば普通になる。だが、このつかの間の景色の変化と、サドルの調節による自身の発育を実感を、私は楽しみにしていた。
いまはもう身長は大幅に伸びることはなく、サドルの調節も買ったときにしてしまえばもうほとんどしない。久々に緩めてみた自転車のサドルは、普段露出している部分を境に、雨水の染みた独特の錆び方をしていた。